とある阪大生のブログ

20の大学生のヒトリガタリ(理系)

真の蕎麦を食したことがあるか

新そばの季節になってきましたね。

 

 

滋賀に帰省している際、父と母と3人で信楽のお蕎麦屋さんに行ってきました。

信楽といえば焼物(特にたぬきのやつ)が有名ですが、おいしいお蕎麦屋さんもたくさんあります。陶芸体験や焼物ショッピングを楽しんで、そしておいしいお蕎麦を食べる、といった日帰り旅行もいいと思います。

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今回訪れたお店は『市のせ』

信楽 蕎麦 ]で検索しても食べログとかには出てこないお店。また、お店の場所も人里離れた魔境にあります。

入店するのをためらう母に対して、せっかく来たのだから行こうとする父と僕。こんなところに店を建てるなんて、よっぽど味に自信があるに違いない。そう父は立て続けに同じことを5回言った。普段から同じことを何回も言わないで。ボケてきてるのか?と言ってるのだけれども…

車を適当に停めて入店。店はこんな感じ。f:id:toaruhanndai:20180925034827j:image

入り口にあった札。

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こんなのを見たのは初めてだった。今日は18人分しか作らないみたいだ。この店が本格派であることを悟る。

店の中は4人がけの机が2つと4人がけの囲炉裏。

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机席に座り、お品書きに目を通す。今回頼んだのはこちらの『花』↓

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まず最初に出てきたのが蕎麦豆腐。(最初にことわっておきますが、僕はグルメレポートなんて出来ないので、拙い表現になってしまうと思います。味を知りたい方は実際に行ってみてください。)

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蕎麦の風味、味がする豆腐。初めて食べた。おいしいのはおいしいんだろうけど、って感じだった。僕の評価することのできる範疇を超えている。ただ一言、これ好き。

 

次に出てきたのが細いお蕎麦

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北海道のそば粉を使用したものらしい。注目してほしいのが、画面上部にある、葉っぱの焼物の上の塩。塩を少し麺にふりかけ、蕎麦をそのままツユに浸さずに食べ、麺そのものの味を楽しむ。(ツユに浸して食べると、蕎麦の味は弱いので、本来の味がわからなくなってしまうのだ。)これが真の蕎麦なのか⁈といった感じ。上品な蕎麦の風味と味が楽しめます。

 

次に出てきたのが太めのお蕎麦。

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埼玉と福井で取れた蕎麦粉を使用した10割蕎麦。そのまま何もつけずにいただく。力強い蕎麦の味がした。あぁ、これが蕎麦なのか、といった感じ。ほとんど何もつけずに食べきってしまった。それくらい蕎麦自信の味が美味くて、たくましかった。

 

最後にツユを蕎麦湯で割って、飲んだ。

 

本当にこの店はすごかった。そんなに蕎麦を食べ尽くしているわけではない僕が言うのもなんだが、今まで食べた蕎麦とは異次元。あぁ、日本に生まれてよかったと思える味。こんな言葉でしか表現できないのが悔しいが、ぜひ一度足を運んでみていただきたい。言葉で表現できる範囲を超えている…

 

最近思うのは、僕らは店を実際の味ではなく、インターネット上の情報で選んでしまっているのではないだろうかということ。

いい匂いがするから、といってふらふら〜と店に立ち寄ってご飯をいただくのも、たまにはいいのではないでしょうか?

 

 

魔境にひっそりと立地する、お蕎麦屋さんのお話。

 

 

〜時を味わう〜

 

1日1記事は書こうと思っていたのに…

 

まぁ、いきなり目標達成できずでしたが、まったりいきますか。

 

 

この前滋賀の実家に帰りました。

滋賀には琵琶湖しかない、なんてよく言われますが、いい所もちらほらあります。よ

 

秘境みたいなところにあるのですが、滋賀にいる時に『ふくろう珈琲店』に行きました。

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知る人ぞ知る店で、他府県の方からも来られます。場所もかなり外れたところにあるのですが、営業日も金曜、土曜、日曜のみです。行く時は気合入れて行きましょう。客席数が多いというわけではないので、お昼時はかなり混みます。時間を外して行くのが良いかと。

 

この店の何がこんなにも人の心を掴むのか。

ここでは他の珈琲店では味わえない体験をすることができる。メニューはこちら↓

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初めての入店だったので、とりあえずふくろうブランドを注文。しばらくすると、店員さんからこんなものを渡される(ミル)。


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驚いた顔をしていると、こちらを50〜70回転させて豆を挽いてください、と言われた。ワクワクしながらグルグル回す。珈琲のいい香りがする。

粉にすると、お次はこちら↓


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コーヒー粉末をサイフォンに入れ、下の水をアルコールランプで加熱する。加熱を続けると、下の部屋の水が沸騰し、上の部屋にどんどん入って行く。


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大体の水が上の部屋に行ったら、砂時計で1分測る。濃いのがいい人は1分、薄めが好みの人は2.30秒後にアルコールランプをサイフォンの下から外す。すると、上の部屋から珈琲がどんどん下の部屋に帰ってくる。


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完全に下の部屋に珈琲が帰ってきたら、上の部分を外し、カップに注ぐ。

美味しくいただく。

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(ワッフル付きで700圓)

 

僕は珈琲が好き。

珈琲に関する蘊蓄を持ってはいないし、語ることはできないんだけど、ここの珈琲はすごかった。香りや味、雰囲気だけでなく、作る楽しみも味わうことができた。

 

日頃の生活で疲れきった方、週末の癒しとして訪れてみてはいかがでしょうか。この不苦労の珈琲店に。

 

 

 

 

昔見ていたアニメ、機動戦士ガンダムseed Destiny に出てくる珈琲好きのアンドリュー・バルトフェルトさんのこれ↓f:id:toaruhanndai:20180925021202j:image

の正体が判明してスッキリしました笑。

 

僕は高校生の時、授業中や放課後の自習室でよく睡魔に襲われてしまっていたので、母に毎日水筒の中に珈琲を入れてもらってました。カフェインで眠気を飛ばそうという作戦でした。珈琲をいくら飲んでも眠気は来てしまうのですが、珈琲の利尿作用で眠気を退治していました。トイレに行って、小便をすると不思議と眠気がとびました。

 

ちなみにカフェインに関していうと、我々日本人は珈琲よりも緑茶の方が眠気覚まし効果があるそうです…

 

 

 

 

 

 

荘厳、長寿、鎮魂(イチョウの花言葉)

いろんな姿に変化するGoogleの文字。

今日のはこれ↓

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すっかり秋仕様やなって思ったら、今日は秋分の日でしたな。昼の長さと夜の長さが同じ日、ではないらしく、実際は昼の方が長いらしい。昼と夜の長さが同じ日を秋分日といい、秋分の日は単なる祝日。ちなみに春分日と秋分日は固定されておらず、年によってコロコロ変わる(まぁ閏年があるから当然といえば当然)。基本的に3/21と9/23だけど。

 

昼の長さは日の出、日の入りの時間差で算出されるが、日照時間は直射日射量がある値以上である時間のことをさす。全国で1番日照時間が短い都道府県が秋田県。冬、日本海側はたくさん雪が降るからだろう。この日照時間の短さが秋田美人のルーツの1つと言われる。他にも秋田県の約10%の人にコーカサス系の血が流れている、なんていうのもあるらしい。

 

ところで、僕は基本的に大学に対して不平不満を言わないようにしているが、ひとつだけ気になることがある。阪大は学校のマークからわかるように、イチョウがたくさん植えてある。イチョウが並んでいることに対して文句は一切ない。キャンパス内に舞っているイチョウは綺麗や。ただな、銀杏、こいつは許せん。臭すぎる。イチョウが進化の過程で、種子の周りを臭くする事で鳥やサルに食べられたらするのを防いでる、ってことに文句を言ってるんやないねん。それは素晴らしいことや。ずっと昔からこれで繁栄してるんやから。(ちなみにイチョウって世界古来の樹木の1つらしくて、化石とかで出てきたりするらしい…まぁ、裸子植物やから古いのは古いわな)

でもさ、イチョウってさ、雄株と雌株が存在する植物やん。一本ごとに雄雌決まってるやん。大学にイチョウを植えよう、ってなった時に、なんで雌株ばっかり植えたの?臭くなるやん。この匂いは回避できたでしょ?

 

って書き殴ったところで、ふと食用目的だったのかなと思った。今時キャンパス内の銀杏拾って食べてるやつなんかおらんけど、大学が建てられたのが1931年、戦争ドンパチしてた時代やから非常食として植えていたのか、とも思ったが、銀杏は生で食べたりすると中毒になったりするらしいので、この線は薄い。死亡例もあるらしい。

 

なんで、雌株 植えたんですか?

創設者に小一時間問い詰めたい

 

 

 

Prayer

虫の鳴き声が聞こえる。

 

 

かつて僕は虫が大好きだった。

 

休みの日になると、山の方に連れて行ってもらって、原っぱの中で昆虫採集に明け暮れた。雨の日は家で昆虫図鑑を穴が空くほど見ていた。

 

今の僕は虫が苦手だ。

小さい頃ほどの好奇心がなくなって行った、というのもあるかもしれないが、大きな理由はトラウマができたからだと思う。2つ。

 

1つはトンボを捕まえる時に起きた悲劇。

小学校3年生の時だったと思う。家の前にトンボが飛んでいた。それもアキアカネシオカラトンボのような、そこらへんにたくさんいるトンボではなく、オニヤンマ。初めて見た。捕まえようと思った。ランドセルを放り投げ、虫取り網を握り構えた。学校帰りで疲れていたのか、追いかける元気はなかったので、もう一度目の前をオニヤンマが通ったら、捕まえようと。当時の僕は知らなかったが、トンボというのは縄張り意識が強いらしく、同じエリアを周回するという習性がある。しばらくすると再度オニヤンマが目の前を通過しようとした。僕は思い切り虫取り網を振りかざした。オニヤンマを捕獲、したかのように思えたが、網の中のオニヤンマはピクリとも動かなかった。虫取り網のフレーム部分に首がちょうどあたったみたいで、頭がグラグラしていた。死んでしまっていた…

僕はこれ以降虫取り網を握らなかった。

 

2つ目はカマキリ。

と言えば察しのいい方ならわかるかもしれない。そう、カマキリの寄生虫ハリガネムシを見てしまったのだ。ハリガネムシのことについてはあまり思い出したくないし、書きたくない。ただただ、キモチワルかった。弱肉強食の自然界の中で絶対強者と思っていたカマキリが、こんなやつにやられるのかと。

 

カマキリはその独特な構えから、祈り虫とも言われる。

絶対強者のカマキリが、何を祈る必要があるのだろうか…

 

僕が通っていた高校はキリスト教の学校。主の祈りは卒業して数年経った今でもスラスラと言える。

担任の先生に言われた言葉で今でも覚えているのが、

祈り大切にしなさい。祈ることでパワーがもらえます。

 

今もなお、この言葉の真意はわからない。

 

もし僕に強い意志があったら、祈ることができるのだろうか。力強く生きることができるのだろうか。今の僕は祈ることすら出来ない。

 

日毎の糧を今日もお与えください

 

 

 

 

 

 

リフレイン

今週のお題「わたしの手帳術」

 

僕は手帳を持たない。去年、心機一転手帳を買ってみたんだけど、本当に1文字も書き込むこと無く1年が過ぎてしまった。

 

こんな僕でも、今まで生きてきた中で1年だけ、手帳を使った年がある。高校3年生、受験生の年だ。

といっても、急に手帳を使いこなすことなんてもちろんできず、ほとんどの月が真っ白だ。書き込みが出てくるのは、受験本番が近い1月2月ぐらい。

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書き込みをしたと言ってもこの程度。

オレンジ色の数字はセンター試験までのカウントダウン、赤色の数字は私立の立命館大学入試までのカウントダウン、青色の数字は本命の大阪大学入試までのカウントダウン。2月の赤い文字の書き込みは学校の補講の予定だったはず。僕の通っていた高校は2月の初めに卒業式をする。京都で1番早い。

 

 

こんな使い方しかできなかったけれど、僕は高3の時に手帳を買ってよかったと思う。計画性もくそもない手帳だったけれど、1年中持ち歩いていた。そんな手帳は受験本番の時にお守りになってくれる。精神的な支えになってくれる。僕の1年間が少しつまっている。

 

受験本番が近づくと学校側からキットカットが配られた。キットカットなんてありきたりじゃないかと思ったが、僕らは1つだけルールを課せられた。

・必ず割ってから食べること。

複数形にすることで、

KitKat→KitKats→きっと勝つ

 

最近ではスマホのカレンダーを手帳の代わりにすることができるので、手帳の必要性は下がってきているのかもしれない。でもこうやって、昔のことを思い出させてくれるモノってなんか、いいよな。

 

来年こそは手帳買う。

 

 

 

 

 

 

さそり座のアンタレス

僕は11月生まれのさそり座。

中学生ぐらいの時かな、さそり座のアンタレスが消滅するかもしれない、なんてニュースを見た。これによりさそり座に影響がてると思われます、なんてニュースで言うから僕はかなり焦った。毎日星座占い12位になってしまうのではないかと。我が身になにが降りかかるのかと。

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アンタレスは赤色の星。つまり死にかけ。地球上で観測しているアンタレスの光は約620年前に放たれたもの。もしかしたらもう存在していないのかもしれない。

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って思ったけれど、アンタレスが今現在存在しているかどうかってわからなくないか?

 

地球とアンタレスを同時刻という概念で語るのは不可能では???

20の無知な僕ではわからない…

 

アインシュタイン特殊相対性理論では光速が物理現象のベースになっている。光速を一定として考えるのだ。そして光速で移動している時は時間は経たない。

つまり光速で移動する事で、未来に行くことができる。

 

おとぎ話の浦島太郎で例えると

亀が光速で移動した、と考えると辻褄があう。

・いじめられてる亀を助ける

・光速で移動する亀にのって25光年先の竜宮城へ行く

・竜宮城でしばらく遊ぶ

・亀に乗って25光年先の地球に帰る

・50年ほど経っていて周りに知っている人がいなくなる

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玉手箱は…知らない。

 

今の物理学では、未来に行くことは可能かもしれないが、過去に行くことはできない、とされている。

ホーキング博士が面白おかしい実験をしている。タイムトラベラー歓迎会を開いたのだ。博士は歴史に名を刻むほどの有名人なので、もし未来でタイムマシンができて過去に戻ることができるのならば、この歓迎会に来るはずだと。結局誰も来ず、博士は過去に戻ることはできないと結論づけた。

ホーキング博士は未来に行く方法として、ブラックホールワームホールを使った方法なんかを発表したらしいが、

さっぱりわからん。

ブラックホールなんて小学生がカッコつけて放つ言葉としか思ってなかった…

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宇宙は謎で、神秘的。

僕は冬の夜、外に出ると必ずやることがある。

オリオン座のベテルギウスが今日も見えるのかを確認すること。ベテルギウスも赤い星。

科学的に言えばベテルギウスが見えなくなることは、僕が生きている間には起きないのかもしれないけれど。僕には難しいことがわからないから。ただ夜空を見上げることしかできない。

そしてちょっとだけ安堵する。

 

 

神を殺す

昔はありとあらゆる現象を神様のせいだとしてきた。

例えばカミナリ(雷)。

神鳴り、とも書かれる。

ギリシア神話ではゼウスが雷霆によって凄まじい雷を発生させる、らしい。

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日本神話では天神となった菅原道真(の怨霊)が怒りによって雷を落としたと言われていた。(清涼殿落雷事件)

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怖いことが起きた時に、おぉーくわばらくわばら、と言ったりするのは、ここは菅原道真の出身地の桑原ですよ、ここに雷を落とさないでください、という祈りの名残らしい。(清涼殿落雷事件の時には桑原には雷が落ちなかったことから

 

まぁ雷というのは実際、雲の中での摩擦によって発生した静電気が雲の中に蓄積され、それが地上に放電されることによって起きる現象(簡単に言えば)。と現代の科学では言われている。

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何が言いたいかというと、この現代の科学によって、ゼウスや天神といった神の存在が否定されたということ。

昔は今みたいに科学が発展しておらず、何か起きると神様のせいだと信じていた。蒙古襲来の時の神風であったり(あれは時期的に台風だといわれている)。

昔は神様の領域(生息地とでも言おうか)がとてつもなく広かったが、最近は限りなく狭くなっている。存在がどんどん否定されている。

 

でも僕は将来、神の領域は完全になくなり、神の存在が完全に否定されるようになるとは思わない。

おそらく創造主がいると思う。この世界の。そして僕たちはその創造主にたどり着くことはできないと思う。

 

ある哲学者は言った。

人間は物事を考える際に原因と結果、という関係性でしか考えられない、と。

 

僕はこの言葉を聞いて、そんなはずはない、何か反例があるはずだとずっと思ってきたが、それを聞いて3年近く経った今も尚、反例が思いつかない。

 

創造主は人間の英知の届かない、つまり原因と結果とかそういう関係性を超越したところにいるのだろう。

 

もし僕が創造主だったらそういう風に人間を、世界を設計するだろうから。

 

人間を越えうるAIロボットは、創造主に届きうるのだろうか。